おしゃれとクール

ぼくの小さい頃は,「おしゃれ」という語は純粋な誉め言葉じゃなくて,そう言われたらどこか気恥ずかしさを覚えるような言葉だったと思う。それがふつうの誉め言葉になったのは80年代後半以降だという感覚がある。たぶん,それ以前は,「おしゃれ」をするのは金持ってる家の子で,金を持ってるのはちょっと後ろめたいこと,みたいな空気があったんじゃないだろうか。で,世の中全体が金持ちになった気分の時代になると,「おしゃれ」の中身がわかるようになって(差異化),ポジティブな意味合いが支配的になった,という。

これに対して「クール」は,まだなじみのない外来語の域を出ていない。これを包括的に解説してくれたのが,『クール・ルールズISBN:4327376841 である。本屋ではカルチュラル・スタディーズの棚にあるのかな。予想以上におもしろかった。「60年代カウンターカルチャーが現在では支配的なカルチャーになっている」なんて単純な主張以上のものが多く含まれているので,読んで損はないと思う。著者の一人である Dick Pountain (http://members.aol.com/dickp96/index.htm) は,コンピュータ,音楽,文学,映画などにも造詣が深いらしく,日本でいうと岩谷宏みたいな存在か,と思うとなんか読むのがいやになるが,世代としては近い。

大雑把に言うと,「クール」という態度は防衛機制としての面が大きいのだそうだ。単純に「かっこいい」というだけじゃなくて,原義から冷淡・無関心という側面を引き継いでいるという点が重要。その起源はおそらく西アフリカにあるというところにも触れた上で,この概念の近年の広がりを観察する。最初,どうして50年代のジェームズ・ディーンが表紙なんだろうと思ったんだよね。

プリンストン大学高等研究所のマーク・リラは,(中略)戦後のアメリカを変容させてきた2つの革命--60年代の「文化」革命と,80年代のレーガン大統領による新自由主義的経済革命--をじっくり考察し,これらの革命が現在に及ぼしている影響について,アメリカの政界は左派・右派とも政治的反応が不適切だと厳しく批判している。(中略)リラによれば,アメリカの若者たちは日常生活でこの2つをなんの苦もなく両立させ,「自由なグローバル経済の中で日々の仕事をきちんと務め,60年代に作られた道徳と文化の世界にどっぷり浸って週末を過ごす」のだという。(p.240)

ではなぜこういう一見矛盾した行動がとれるのか。こういうライフスタイルを具現したアメリカの有名人として本書で挙げられているのは,ビル・クリントンとか,スティーブ・ジョブズなど。で,著者によれば,その答えは簡単。「クール」がそれを支える原理なのである。「クール」という概念については,この箇所に至るまでに西アフリカの起源にまでさかのぼってていねいに説明してくれているので,実に腑に落ちる。著者はジャーナリストであって学者ではないから,根拠を説明するような記述はそんなにない。傍証というか状況証拠として提示されているものは多いので,腑に落ちるのはそのためかもしれない。

日本でもこの2つを両立させている層というのは確実にいるはずだと思うが,年齢層からいうとジョブズクリントンと同年代とは思えない。金持ちになった時期がアメリカより遅いから,今の40代ではまだ層としての厚みがそんなにないような気がする。

訳(鈴木晶 http://www.shosbar.com/)はちょっと雑かもしれないが別に気にならない。ただ,邦題はちょっといただけない。この rule は自動詞で,「クールが(すべてを)支配する」ととるのが本来の意味だと思うけれども,rule を名詞と考えて「クールな諸ルール」という意味にもとれて,そういう含みを持たせるためにあえてカタカナのままにしたようだけど,そこまでの配慮は必要ないだろう。帯にあるように「クールでなければ生きていけない」で十分だと思うが。