ちくま学芸文庫『英語・語源辞典』

語源というよりは、ある特殊な用法やフレーズの発祥を説明したりするものの方が多いので、純粋に単語の起源を調べるのには不向き。

日本人に身近な言葉、故事来歴が興味深い表現、味わい深いイディオム、人名に由来がある表現、特殊な外来語から移入された語などに分けて、文献的に根拠があり、しかも読んで楽しいと思われる語源を探求した。
(「はじめに」)

というのが見出し語の選定基準なのだが、読者にとってどれだけ「役に立つ」かというと、そういうことを期待するよりは、気楽にうんちくを傾けたい人に向いている。
でも、ちょっとひどいかも。単行本を文庫化したものではなくて、ちくま学芸文庫での書き下ろしなんだけど、担当者や校正者には英語を知ってる人が少ないのか?
「はじめに」で「19世紀の言語学者 Smythe Palmer によると」とある箇所をカバー表4の内容紹介文に流用して、「19世紀の言語学者パルマーによると」としてある。表4は著者の関知しないところだと思うが、なんだよパルマーって。鳩か?いや、イタリアの都市みたいだな。
「類語たり得る」とすべきところを「類語足り得る」としているところもある。
p.98 には複数箇所で、前のアメリカ副大統領(というか2000年大統領選の敗者)ゴアのことを Goa と書いてあった。Gore なんだけど。Goa はインドの地名。これは完全に著者の責任だが、この程度のことをチェックできないというのは、担当編集者も相当いい加減にしか見ていないということだ(他人事だと思って調子に乗って書いてるんであって、その点割り引いてお読みください)。著者は文教大学副学長経験者、現在は同大学の名誉教授。
これだけ誤植が多いと、本文の信頼性にも疑問が出てくると思う。
それを裏付けるような例もある。たとえば hacker の項。

to hack にはもともと、「鉈などを使って密林を切り開いて行く」という意味があった。木を切り払う時の音から来たらしい。passwords の密林を頭脳で切り開いてゆくという意味で、情報化時代の hacker が登場した

なんていい加減なことが書いてある。「密林を切り開いて行く」ことまで入るのか? 引用部分最後の文は、著者本人が「はじめに」で厳しく指弾した「一知半解の推測」そのものではないのか。コンピュータ関連用語としての hack の語源については、山形浩生氏の解説「Hackについて」を超える説得力のあるものを出してもらわないと納得できない。
でも、チェックがこの程度だということは、おそらく著者の原稿にあまり手を入れていないはずで、それでこれだけのものに仕上がっているということは、原稿のクオリティは非常に高いのかもしれない。

英語・語源辞典 (ちくま学芸文庫)

英語・語源辞典 (ちくま学芸文庫)