てれびくん

息子のリクエストにより、雑誌の話を書く。
わりと昔から雑誌が好きで、その源流は幼稚園時代に毎号買っていた講談社の「テレビマガジン」に行き着くと思う。小学校に入ってからも買ってた。ちょうどオイルショックのころ、(たぶん値段は据え置きで)突然雑誌が薄くなってびっくりしたことを覚えている。それに対する憤りが、今に至る資本主義への懐疑につながっている……はずはない。
「編集部から」みたいなコーナーがあって、そこに「編集部へ遊びにきてね」とか書いてあったのを真に受けて、親父と一緒に夏休みに東京に行くことになったとき、「講談社に行きたい」と頼んでみたがダメと言われて連れてってもらえなかった。その代わりに渋谷でジャック・イブ・クストーの映画を見に行った。そのときのリベンジとして入社試験だけでも受けとけばよかったなあ。どうせ返り討ちだったろうけど。
さて、息子が毎号買っているのは、「テレビマガジン」ではなく、ライバル誌の「てれびくん」(小学館)。今見ると区別がつかないが、どちらも息長く続いているのはすごいなあ。考えてみればウルトラマンとか仮面ライダーとか、我々の時代に活躍してたものが途中で中断はあったにせよまだ存在してるんだから、それにくっついて商売してるものが残っていてもおかしくはない。でもさすがに仮面ライダーアマゾンでシリーズがいったん終わったとき、自分が親になってからも仮面ライダーをやってるとはまったく想像ができなかった。つーか親になること自体想像できなかったのだが。
でも作り手としてそれは決して望ましい状況じゃないだろう。なんて思っていたらessaさんと微妙にシンクロしているじゃないか。
去年のデカレンジャーは大人から見てもよくできていて、完成されたフォーマットの上で工夫を凝らして自由に遊んでみたという感覚が伝わってきて楽しく見ることができたが、あれ以上のものを同じフォーマットで作れと言われてもけっこう苦しいだろう。それがまた閉塞感につながりそうな感じ。ウルトラマンとか仮面ライダー響鬼の苦戦を見るにつけ、そろそろ新しい入れ物が必要なんじゃないかと思う。そうこうしてるうちに息子はそういう世界を卒業してもっと年上向けのテレビ番組や雑誌に移行する時期が来るわけだが、移行した先もたぶん同じ構造的危機を抱えているだろうということは想像に難くない。
んー、息子に読ませるには難しすぎる話を書いてしまった。わかるとこだけ読んでくれ。