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ビートの人たち

かつてユリイカチャールズ・ブコウスキー特集号で「ビートの人たちは最近元気がない」とのたまったのは,「やっと会えたね」で知られるパリ在住の日本人作家。その男の名前は出さないことにさせてくれるかな。読者も先刻承知だと思うけど,ちょっとね……*1。1993年に出た号だったかな。その頃にはビートの人たちはけっこう死んでたから,元気なくてもしょうがないよね。ところが,どうも同じような認識の人は英文学の専門家にも割と多いのかも,と思わせるような記述に出合った。
『英語青年』3月号に,巽孝之が『20世紀英語文学辞典』についての書評を寄せているんだけど,その冒頭に紹介されているエピソード。同僚の高宮利之教授から Corso という固有名詞について聞かれて,巽氏は

さてビート・ジェネレーションあたりだったか、とわたし自身もうろおぼえなので手元の『コロンビア版アメリカ合衆国文学史』その他をめくると、グレゴリー・コルソという名前こそ登場するも、(後略)

という具合。高宮教授は中世英文学の専門家であって20世紀には詳しくなくてもしょうがないけど,巽先生はそのていたらくで大丈夫なのか!? しかも普通はグレゴリー・コーソと表記するんじゃないの? この書評の骨子は,いかにこの辞典が使えるかということなんだけど,これでは逆効果じゃないのか!? と興味は尽きない(ウソ)

20世紀英語文学辞典 (CD-ROM付)

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*1:この一節は大江慎也の自伝 words for a book http://www.nosouth.com/verdean/log/eid8.html にインスパイアされたものだけど,うろ覚えなので失敗してる