今日は何の日:7月9日

「金の十字架」演説

1896年7月9日、米国イリノイ州シカゴで開かれた民主党全国大会で、ウィリアム・ジェニングズ・ブライアン William Jennings Bryan が「金の十字架」演説を行いました。「労働者の頭に茨の冠をかぶせるべきではない。人民に金の十字架を背負わせてはいけない」、すなわち「金本位制を維持することによるデフレで人民を苦しめてはならない」と主張したものです。この演説は聴衆からの熱狂的な支持を集め、ブライアンは36歳の若さで民主党の大統領候補に選ばれることになります。

米国は1873年には実質的に金本位制に移行しており、この時期は金の絶対量が不足して通貨価値が上がり、物価が下がるというデフレ不況下にありました。ブライアンは自由銀運動の活動家で、金本位制をやめて金銀複本位制に移行し、銀貨の自由鋳造を認めて通貨の供給量を増やすというインフレ政策を主張しました。その支持基盤は西部の農民層で、1892年の大統領選において第三党として100万票を獲得して無視できない勢力となった人民党 People’s Party of the United States of America(略してポピュリスツ Populists)と重なっていました。

しかし本選挙では、金本位制維持・高関税政策を主張する共和党のマッキンリー候補にブライアン候補は敗れてしまいます。米国はすでに工業化・都市化が進行しており、東部工業都市ではブライアンの政治姿勢は受け入れられなかったのです。マッキンリーは第25代大統領として、米西戦争などを通じて対外進出を本格化させることになります(本欄7月7日の項)。