いかにして飽きを克服するか

少し前のことになるが、昨年に引き続き今年も母校の修学旅行のプログラムの一つ、会社見学に勤め先が光栄にも選ばれ、高校生たちを相手に少し話をする機会に恵まれた。

今年はコーパスの話なんかをして、学習法に触れる時間はあまり取れなかったのだが、事前に生徒の皆さんから頂いた質問を見ると、「仕事でつらいことは何ですか」というのが複数あって、現代っ子気質が現れているように思った。

自分の今の仕事に限らず、つらいことというと“飽き”だろう。「あーこれはもうやった。この仕事で期待されているクオリティはこの程度だからこんなものでいいだろう」と思ったらもう質の高い仕事は無理だし、それに費やす時間も無駄でしかない。そうなるのは人間としてつらいことだと思う。僕の場合はそのフェーズに入ってからずいぶん経つ。それを克服するには仕事を変えるのが一番簡単だと思うが、そうそう簡単にはいかない事情もある。

辞書の場合、一般的な単行本とは違って校正も四校、五校とか取るのはそんなに珍しいことではない。そうすると同じものを何度も何度も見ることになるわけだ。もちろん、校正のそれぞれの段階で見るポイントあるいはテーマが違っていて、同じ視点で見ているわけではないので、厳密に同じものとは言えないが、それでもまあ大筋は同じなのでどうしても慣れとか飽きとかいったものが忍び寄ってくる。それに英和のSとか和英の「し」なんかは、なかなか終わりまで行き着かないつらさもある。最後のZが非常に重たい中日辞典と比べるとまだ楽だが。

今のところ解決策としては、作業をなるべく細分化して小刻みに休憩を取ったり、違う作業を交互に入れたりして気分転換を図るぐらいしかやってないのだが、追い込みの時期になるとそうも言ってはいられないし、どうしたもんかな。あとは体力をつけるためにジョギングと水泳には励んでいる。

というわけで、カズオ・イシグロノーベル文学賞を受賞したのをきっかけに、未読だった『日の名残り』を読んでみることにした。執事という仕事なんて毎日同じことの繰り返しだから、その克服の仕方も書かれているに違いないと思ったのだ。

……ところが、読んでみるとハイレベルな執事の仕事は全然そんなものではないのだった。国際政治の裏の舞台に立ち会うのだから毎日同じことの繰り返しでは全然ない。お見それしました。というわけなのだが、事前の予想は別にしてぐいぐい読める本だった。

今回はhontoでEPUB版を買ってiPhoneで読んだんだけど、やけに字が大きくて面食らった。

f:id:zokkon:20171206232248p:plain

電子書籍が出るようになってまだそんなに時間が経っていない頃の作品なので、フォーマットもこなれていなかったのかもしれない。その後に出た『忘れられた巨人』などはそんなに読みづらくない。いろいろ課題はあると思うが、新しい本を買っても荷物が増えないことはいいことだ。