z is for zokkon

50代男性が健康と幸福を追求する日常をつづります

海の祭礼

高校時代、日本史の先生から歴史に関する小説を読んで感想文を書けという宿題が出た。数回だけだったが、課題図書が指定されて、そういう本を年間に数冊読むことになった。鈴木三重吉の『古事記物語』、谷崎潤一郎の「少将滋幹の母」、そして吉村昭の『冬の鷹』といったところだったと思う。『冬の鷹』は国語の授業だったかな。急に記憶が怪しくなってきた。
とにかく、その時以来、『冬の鷹』の主人公前野良沢と作者吉村昭のイメージがいくらか重なって(もちろんそれだけが理由ではないが)、この人の書くものを畏敬の念抜きで見ることは難しくなっている。
この『海の祭礼』にしても、前半と後半で焦点の当たる人物が交替してしまうという構成には疑問がなくはないものの、よくぞこういう人物に光をあててくれたと感謝の念を覚える。
前半の主人公はアメリカ人ラナルド・マクドナルド。インディアンの血を引き、捕鯨船に乗って日本にやってきて、日米の架け橋になることを望むも、少し時期が早すぎたために、長崎の通詞たちに少々英語を教えただけで帰国を余儀なくされてしまう。後半の主人公は、マクドナルドに英語を教わった中でも最も才能があったといわれる森山栄乃助(多吉郎)という人物。一介の通訳では終わらず、維新前に外交官としても活躍した。日本で最初期の英和辞典の一つを編纂した人物でもある。
ラナルド・マクドナルドは、今ではそんなに無名の人物というわけでもない。吉村昭が取り上げたのがきっかけで広く知られるようになったのかどうかわからないが、中学校の英語の検定教科書(どこのものだったか忘れた)の文章の題材として使われているから、名前を知っている人はそれなりにいるはずだ。しかし、森山については、今でもまったくの無名に近いはずだ。そういう人を中心に据えて、ここまで読ませる物語にする人がいる(しかも、ちゃんと裏付けのあるもので、時代背景まで書き込んである)というのは本当にありがたいことだ。こういう本を読めば、日本史の授業で表面だけをなぞった事柄に肉付けをしてくれるから、知識の定着度が深まるはずだ。
ぼくが教わったK先生はもうずいぶん前に引退なさっているが、後輩たちにもぜひこういう本を読んで時代の全体像をつかんでほしいものである。
ただ、これ文庫の新装版なんだけど、ところどころ誤植があるんだよね。そこは文芸春秋にしっかりしてもらいたいところ。

海の祭礼 (文春文庫)

海の祭礼 (文春文庫)