うそばっかりの惹句

昨日の日記 id:zokkon:20050220 でちょっとふれたアラン・シリトーの『土曜の夜と日曜の朝』は,高校を卒業するぐらいの頃にかぶれていた「おれたち/やつら思考」の教科書になった作品で,要するにイギリスの労働者階級の単純な世界観が魅力的に見えたわけなのだが,新潮文庫のカバー表4の内容紹介がうそばっかりなので憤ったものだった。
「主人公は父親とか上司とか,権威の名のつくものが大嫌い」だと書いてあったのだが,父親は「おれたち」側の人間で,尊敬と親愛の情を感じる対象であって,小説の中身と全然違う。スティングの自伝でも父親はそういう存在だった。
同じように,内藤陽介『切手と戦争―もうひとつの昭和戦史』もすごくおもしろかったのに,帯にミスリーディングなことが書いてある。
「プロパガンダ切手で敵国を埋め尽くせ! これはまさしく情報戦争だ」
いくらなんでも,敵国を自国の切手で埋め尽くすのは無理だろう。だれもそんなことしてないって。風船爆弾のほうがまだ現実的だ。ちなみにこの本の本当の中身は,満洲や東南アジアでどんな切手が使われてそれがどういう政策の反映だったかを丁寧にたどったもの。切手というか手紙はすごく貴重な資料であるということが実感できた。しかも資料として紹介されている切手やカバーは全部著者のコレクション。この著者は最近いろんな活字媒体でひっぱりだこだが,さもありなん。
あともう1つ惹句がうそばっかりの本に最近当たった気がするけど忘れちゃった。