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新旧のサクセスストーリー、松尾潔と山下達郎

松尾潔氏がスマイルカンパニーとの契約を解除されたと明かしてから、ネット界では山下達郎が「こだわりの強いポップミュージックの職人」から「性犯罪者を擁護する悪人」へと一気に変わった感があります。

ラジオでのしゃべりを書き起こしたテキストなんかあんなに人気だったのに。

そういえば昔々、まだブログが普及する前のこと、僕はHTMLを手打ちしたファイルで個人テキストサイトをやっていまして、達郎の音楽のすばらしさを全世界に向けて発信(笑)していたことがあります。英語版も作って、唯一ブラジルから反応がありました。「同意します! 達郎は最高です!」と。えーあなたの国のジョアン・ジルベルトとかカエターノ・ヴェローゾのほうがいいんじゃないのと思ったものですが。柳ジョージも好きだと言っていました。その後交流は途絶えてしまったのですが、シティポップの流行で達郎が脚光を浴びていることについて感想を聞いてみたかった。

今回火をつけた松尾氏は、僕と同学年(早生まれなので暦年では1つ下)。大学生のころから黒人音楽の専門誌でライターとしてよく名前を見かけていましたが、気づいたら音楽を制作する側にまわっていて、作詞作曲もしてレコード大賞を受賞するような大立者になっていました。

徒手空拳からここまで上り詰めるのはそうそうお目にかかれないサクセスストーリーです。そして今回の騒動は、さらに一段階上のサクセスをつかむ重要局面になりそうで、外野からわくわくしながら眺めています。

日刊ゲンダイに載った文章に現れているように緻密な計算をめぐらせることができ、熱意と行動力も併せ持ち、狙ったことを着実に実現させてきた人という印象です。人の心をつかむのも上手そう。ビジネスマンとして最強の部類に入るでしょう。

www.nikkan-gendai.com

今回も、エンターテインメント業界が世界的に人権も大事にする方向に地殻変動を始めていることをしっかりつかみ、その流れに乗ろうとしているのだと思います。それによって業界に属している人が余計な心配をせずのびのび働けるようになり、良質な作品を持続的に生むことができる環境ができるなら、悪いことはなにもありません。持ち金全部を松尾さんにベットしたい。

しかし、スマイルカンパニーはその方向に動こうとはしなかった。

音楽評論家/プロデューサーの高橋健太郎氏は(スマイルカンパニー上層部は)「本件で松尾がインフルエンサーになる、ゲームチェンジャーになることに不快だった。許さなかった」と表現していました。論理的には松尾氏の示した方向性が正解に違いないのに、同社上層部の感情がそうさせなかったのでしょう。

スマイルカンパニーの会議で社長(小杉ジュニア)が「小杉家と山下家と藤島家は義理人情でつながっている」と発言したという話が漏れ伝わっていますが、唐突に「家」が出てきたのに違和感あるいは嫌悪感を覚えた人も多かったようです。小杉理宇造氏と達郎の個人的な信頼関係はともかく、なぜ家?と。そのことを考えていて思い至ったのが、松尾氏からの「提言」は宮廷革命を小杉ジュニアに対して勧誘するものだった可能性です。少なくとも親世代のスマイルカンパニー上層部はそう感じた。小杉ジュニアはその誘いに乗らなかったけれど、松尾氏への共感もある程度示したため、上層部はまだ実権を渡すつもりはないという意思表示として、釘を刺す意味で「家」という表現を使わせた、というのが僕の推測です。

小杉理宇造氏と達郎の結びつきについては、達郎自身がリマスター盤のライナーノートに書いた文章などで明らかにしています。

バンドの解散による精神的ダメージと、シュガー・ベイブで目指した1960年代テイストやレコード・マニア的趣味性が当時の日本の音楽状況にまったく受け入れられなかったことへの挫折感とで、私は自分がこの先どうすればいいのか皆目わからなくなっていました。

そこで第三者にプロデュースとアレンジを任せて自分の力量を客観的に判断してもらおうと考え、海外でレコーディングを行うことをソロ契約の条件として設定したということです(ただし小杉氏の回想は少し違っていて、他社にほぼ決まっていたのをRVCが海外録音という条件をのんでさらった)。しかし新人には見合わない予算が必要。

妄想にもとづいて何人かのアレンジャーとミュージシャンを想定し、当時ソロ・シンガーとして契約したいと声をかけて来たレコード会社数社に諮ったところ、当然ながらどの会社も一様に難色を示しました。(中略)

そんな中でひとりだけ、RVC(現BMG)の若いディレクターが手を上げてくれました。

引用はソロデビューアルバムCIRCUS TOWNのライナーノートから

これが小杉理宇造氏。滞米経験と英語力を生かしてニューヨークとロサンジェルスでの録音の話をまとめ、達郎の歌手としての活動の基盤をつくったのです。盟友であり恩人なのでしょう。この当時の達郎の心境を思うとグッときます。これもまた松尾氏とは違いますが徒手空拳からのサクセスストーリーで、それを支えたのが小杉氏なのです。それ以来の堅い絆があるから、小杉氏が独立してレコード会社をつくったときも達郎は行動をともにした。絆がなによりも優先するという判断は、ヤクザの論理だと言われればその通りですが、理解はできます。

よくわからないのは、小杉氏がなぜそこまで藤島家に忠誠を誓う必要があるのかという点です。悪名高い近藤真彦中森明菜の金屏風会見の背後にも小杉氏がいたというのは知られた話だったようですが、僕は今回初めて知りました。かつてグループサウンズにいて、ミュージシャンの待遇改善に動いたことがあるということも。初めは高い理想に燃えていた人が闇堕ちしてダークな実力者と一体化するなんてドラマティックな話が現実にあるんですね。

山下達郎は明日のサンデーソングブックでコメントを発表するそうです。小杉氏の謎に包まれた部分についてなにか言ってくれないかなあ。無理だと思いますが。