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観察の科学

diary

素人による大雑把な感想、思いつきだが。
川喜多二郎による科学の3類型にも通じる話で、経済学はどのような科学かという問いを立てることができると思う。
今日の日経朝刊、「経済教室」に載っていた林敏彦同志社大学教授の論が興味深かった。「対外直接投資資産の収益率が高い“成熟した債権国”は、対内直接投資も活発である」、したがってこのような観点からTPPは積極的に推進していくべしという主張になるのだろうが、素人目には、海外からの投資が活発になれば日本から海外への投資の収益率も上がるという理屈はすぐには頭に入ってこないのだ。そしてこの記事でもそのあたりが明確に示されているわけではない。「対内直接投資が導入国経済に与える影響について」は書かれているし、その内容には全然抵抗を感じないのだが。
話は飛ぶが、言語学も科学でありうるとすれば、まずは観察の科学であるはずだと思う。現象を精密に記述すること、法則性を発見すること。その背後にある理屈まで究めることに心血を注いでいる研究者も多いのだろうと思うが、その成果を享受する立場の語学学習者にとってはそこまでは必要ないように思う。母語話者というモデルがある以上、現象の記述も法則性の提示も、モデルの輪郭をとらえやすくするための手段といっていいだろう。そこから先は科学の担当分野ではない。つまり、法則性が因果関係であっても単なる相関関係であっても、結果としてモデルに似たようなものが産出できればいいのだから。
その点、経済学はちょっと違う。すでに起こった現象を観察するだけでは、役割の大事な部分を果たしたことにはならないとされてしまうのではないか。大事な部分というのは政策提言だ。しかし観察だけでは因果関係と単純な相関関係の区別すら難しいだろう。そこで、観察が不十分な段階であっても、何らかの提案を打ち出すことを迫られる。ということではないか。
だからといって科学としては未発達でダメとは思わない。問題解決のための有意義な提言がおこなわれていると感じられることもあるしね。むしろ、構想力とかすぱっと言い切る勇気とか、尊敬しないではいられないと思うことも多いし。TPPについては懐疑的に見ているが、今日の林教授の記事からは、そうした強さを感じた。
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