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川端裕人『エピデミック』を読んだ

新興ウイルス感染症の流行をテーマにした小説『エピデミック』を読みました。

読んだのは2009年12月発行の角川文庫版を底本とする電子書籍版です。つまり、今般のCOVID-19が発生するはるか以前に書かれたものです。しかし、書かれている内容は今日の状況を驚くほど予見したものになっています。これが出た当初に読んでも、知らない事柄が多くてすんなり頭に入ってこなかったかもしれませんが、「実効再生産数」をはじめとする疫学の概念への理解が広まった今ならさほど労せず理解できる人は多いと思います。僕もそうでした。

房総半島の先端部、館山市とその周辺を思わせる土地(作中では頭文字や架空の地名が使われています)で、重症のインフルエンザに似た症状を呈する伝染病が発生したことから物語が始まります。

そこに登場する地元の住民の名前は、僕にはなじみのあるものが多く登場していました。「吾川」「窪川」は高知県の地名からとったものでしょう。流行が最初に発生した土地の「崎浜」も、字は違いますがやはり高知県室戸市に「佐喜浜」という地名があります。そして主要登場人物の「島袋」は沖縄の苗字。この辺でピンときました。この物語はおそらく黒潮に関係があると。このほか、和歌山にある「那智」という地名も登場します。

そして、一見本筋と関係がなさそうな小ネタを発見。思わずTwitterに書き込みました。

ロリポップソニック」というのは、フリッパーズギターの前身バンドの名前で、「コーヒーミルクゼリー」はフリッパーズギターのメジャーデビュー盤 Three Cheers for Our Side に収録の Coffeemilk Crazy という曲を踏まえたものなんですね。

このツイートが作者の川端さんご本人に捕捉されて、「そこに反応してくれた人は、初めてかもしれない!」というお言葉をいただきました。

ここでまたピンときました。フリッパーズといえばイルカ。このウイルスは、クジラ・イルカ類に関係があると。黒潮に縁のある沖縄、高知、和歌山、千葉といった土地はクジラに縁のある土地でもあります。

ウイルス伝染病は、特に疫学や臨床の観点では、その発生源を突き止めるということよりも広がりをいかに防ぐかが大事なのですが、物語においては発生源をめぐる謎解きも読者の興味の面から大切だと思います。本作では、カルト宗教によるバイオテロの可能性もからんで謎も重層的になっていて、ぐいぐい引っ張られます。

で、僕の推理が当たっていたかどうかは、未読の方のためにここでは明かさないことにしますが、ある意味では未解決のまま余韻を残した終わり方といえるかもしれません。

ウイルス感染症を主題にしても、推理小説のように謎を中心としてドライブしていく小説というのは成立するんだなあ。非常におもしろく読みました。