辞書批評

ちょっと前に話題になった、「Google 辞めました」という記事。その中に、いい辞書とはどういうものかについて触れた箇所があったので引用しておく。

辞書というものは、質が玉石混淆(ぎょくせきこんこう)、つまりピンキリなのだ。悪い辞書というのは、中途半端に目新しい語彙を入れている割に語彙の選択がいい加減で基本的な語彙に漏れがあったり、熟語の選択基準が不明確だったり、表記に不統一があったり、語釈(単語の意味に対する解説)に漏れがあったり、ひどいものになると 1ページに 1個ぐらい誤植があったりする。いい辞書というものは、そういうすべての点についてしっかりしている。

しかし、ある辞書がいいか悪いかということは、ぱっと見ではわからない。長い時間かけてじっくり使ってみてはじめて、そこに魂がこもっているかどうかわかるものだ。

日本語入力を仕事にしていた方だから、まったくの素人とも言いがたいが、(冊子の)辞書をつくるという経験を経ないで純粋に辞書を使う立場からここまでの洞察に行き着いたというのは素晴らしいと思う。これまでの自分の仕事が「悪い辞書」をつくるという結果になってなかったか、改めて振り返る機会を与えてくれたことにも感謝したい。id:takeda25さんのこの先の仕事が、その能力に見合うだけのものになることを願うばかりである。

本題に入ると、同記事のこの部分は辞書批評の出発点として非常に的確なものになっていると思うが、実は辞書に対する批評が今の日本で盛んに行なわれているとはいえない。英語の学習者向け辞書の場合でいうと、秋に次年度の学校推薦を目指して刊行され、そこから新学期にかけて専門誌や学習雑誌で若干の紹介記事が掲載される程度だ。本当に腰を据えた批評をしようとすれば、使い込むための時間がもう少し必要だろう。でもそれではとても商業出版のペースに載らない。批評する人がふだんから関心を持っている項目がいくつかあり、そこを引いてみてあれが載っているこれが載っていないと記す第一印象的な記事を執筆するのがせいぜいで、それを超えるものを期待しても、数か月程度の期間ではおそらくないものねだりで終わるだろう。そうした表面的な記事では、なかなか辞書の質そのものを云々するところまでは踏み込めない。

でも雑誌ではなくて単行本という媒体なら可能だと思う。もっと多くの辞書批評本が刊行されてしかるべきだと思う。

さて、辞書はつくりあげるのに時間がかかる。初版をつくる時からいい辞書であるのが一番いいのだが、かりに初版の出来が不本意であっても、いい辞書に育てていくという気概を持つのも大切だし、いい辞書ができたと思っても改訂を重ねるたびにバランスが悪くなっていつのまにか「悪い辞書」になっている例もあるだろう(と書きながら実はある辞書のことが頭にあるのだが名指しは避ける)。自分としてはとにかく精進あるのみ。

(なお、下にリンクした書籍は本文の内容と直接の関係はありません)

英和辞典の研究―英語認識の改善のために (関西学院大学研究叢書 (第120編))
八木 克正
475892130X

ウィズダム英和辞典
井上 永幸
4385105693

辞書からはじめる英語学習
関山 健治
4095101326