ニーナ・ゲオルゲ『セーヌ川の書店主』

https://www.instagram.com/p/Bo9KIEwgqJHkBrVnPmikyoGkFja8UoEvUSpjRo0/

集英社が新聞に出した広告を見てオンライン書店で買ったのが『セーヌ川の書店主』。訳者があとがきで書いているように、いろんな角度から読める小説で、僕はメロドラマとして楽しんだ。この主人公と僕はほぼ同年代だというところからくる親近感もあったし、80年代の終わりから90年代にかけてよくフランス映画を見ていた頃の空気を懐かしく思い出しながら読んだ。

昔のことを思い出して身をよじらせるような後悔の念にとらわれることは誰しもあることだろうと思うが、この小説の主人公はその特に重いやつに20数年とらわれて生きてきた、セーヌ川に浮かぶ艀の書店を経営する50歳の男性。あるきっかけでその過去の体験に向き合うことになる。そしてそこから始まるロードノヴェル。(版元の紹介ページ

連想したのはクロード・ルルーシュ監督のフランス映画『男と女』。あの映画を見たのは大学生の頃だっただろうか、ダバダバダ、ダバダバダという主題歌だけは知っていて、ベタなメロドラマかと思って軽い気持ちで日比谷シャンテでやっていたニュープリント再上映を見に行ったら、スピード感あふれるインディペンデントでスタイリッシュな映画で感動したものだった。サントラも買った。主人公の夫を演じたピエール・バルーがブラジルで録音したという「サンバ・サラヴァ」もめちゃかっこよかった(ほぼ日刊イトイ新聞にバルーへのインタビューが載っていて、『男と女』の制作エピソードも語っている。あのときの感動がよみがえる)。

『男と女』を連想した理由は雰囲気だけではない。主人公の名前がジャン・ペルデュ、Perduというのは過去分詞で、英語のlostに当たり、『消え去った』といった意味を持つ。ピエール・バルー加藤和彦ら日本のミュージシャンと録音した「ル・ポレン」というアルバムに、Perduというタイトルの曲が収録されているのだ。これは偶然だろうか。

フランスの自由な空気へのあこがれを再燃させてくれた読書体験だった。

ライフログのことを考える

読書記録のためにわりと便利に使っていたMedia Markerがアマゾンの規約違反(?)をきっかけにサービス終了するとのことで、代替サービスを探さなければいけなくなった。
以前hontoのキャンペーンでブクログには登録してあって、メディアマーカーからのインポートもできそうなので第一候補かなと思っているが、読了数や購入数・金額などを月ごと・年ごとに見直したりする機能が見当たらないのが不満だ。使い続けるかどうかはわからない。
日々の記録をつけるアプリやサービスはほかにも使っていて、たとえば家計簿というか資産管理や入出金の記録を付けるのにMoney Forwardを使い、運動の記録を付けるのにRunKeeperを使っている。訪れた場所を記録するSwarmというアプリも入れているが、これはあまり使っていない。
いずれも細かい使い勝手に不満がないわけではないし、メディアマーカーと同様に何かのきっかけでサービス終了という事態に陥ってしまう可能性はどんなサービスにもついてまわる。他のサービスに乗り換える必要が出てくる場合もあるだろう。といったことを考えると、自分でFileMakerなり使って一元管理するというのがいいのではないか。データをサービス業者に完全に預けるのではなく手元で管理し、バックアップはDropBoxを使ってバックアップしておけば一応は安心できる。
とはいうものの、そういうスキルがあるわけではないし、何より今FileMakerを持っていないのでこのために5万なにがしかを払うのも釣り合わない感じだ。どうしたものか。

アレサ・フランクリン死す

15日ごろからフェイクニュースアレサ・フランクリンの訃報が出回っていたが、8月16日に逝去したことが公式に発表された。僕はBBCの速報で、それが現実のものになったことを知った。

ちゃんとアルバムを買って聴いたのは20代半ばぐらいだった。今はなき渋谷WAVEだったと思うが、Lady SoulとAretha Nowをまず買って、その後でYoung, Gifted and Blackを買ったように記憶している。それからしばらくしてRare & Unreleased Recordingsも買ったが、持っているのは結局これだけ。今思えば、代表曲Respectが入っている最初期のI Never Loved a Man the Way I Love Youも買っておけばよかった。

なぜこういう選択になったかは覚えてないけど、Lady Soulは収録曲の(You Make Me Feel Like) A Natural Womanの存在を松浦理英子の作品を通じて知っていたからだったのではないか。冒頭のChain of Foolsも映画『ザ・コミットメンツ』で知っていたかな。 Aretha Nowには「小さな願い」という邦題がついたI Say a Little Prayerが入っている。この歌は、マット・ディロン主演の『最高の恋人』の中で、アナベラ・シオラがカラオケで歌うシーンがあって印象的だった。当時好きだった女の子がアナベラ・シオラにちょっと似ていた。ただ、この歌はアレサの歌というよりディオンヌ・ワーウィックの歌というイメージだけど。

いろんな思い出があるし、それだけではなくて聴くたびに新鮮な感動がある。Young, Gifted and Blackは去年ぐらいに改めて聴き直したらRock Steadyがめちゃグルーヴィーでモダンなので驚き、それ以来しょっちゅう聴いている。

今回、トランプ大統領までが追悼のメッセージを寄せたのは意外だったが、オバマ大統領が寄せたメッセージにはとりわけ感動した。不世出のシンガーだっただけじゃなく、今日にもつながる問題にも積極的に取り組んで後進を勇気づけてきた、偉大な人だったと思う。安らかに。

確定申告

これを書いているのは3月13日、確定申告締め切りの2日前の夜だが、実は昨日の段階ですでに申告書を投函していて、税務署からの確認の電話が来ないかドキドキしながら待っている状況なのだ(待ってません)。

亡父の相続があった年は税理士に依頼したが、その年を除いて平成22年(2010年)から自分で確定申告書を作成している。いや、それより前にも転職した年にはしているはずだな……そのときの申告書はもう手元にないが。

国税庁のホームページで作成できるようになってずいぶん楽になった。
年々楽になっているように思う。
去年は自宅で使っているMacの環境が使用要件に合わなかったのにそのまま作成を進めていったら最後にプリントアウトができなくて、結局息子用に買った(結果的には自分用になった)Windowsマシンを使って最初からやり直すというアクシデントがあった。バカだったな……。今年も環境を整えるのに時間がかかることを覚悟していた。ところが、MacのOSをアップデートしておいたらあっさり使用できることがわかって拍子抜け。

コンピューター環境もさることながら、医療費も健康保険組合から1年分の明細が送られてくるようになったので1件ずつちまちま入力する必要もなかった。NISAという非課税の制度を使っているので配当目的で保有している株式の配当金額の入力件数も減った。
とはいえ、それなりの数になるのでExcelの入力フォームを使うことになる。去年はこのためにMicrosoftのOffice 365を1か月だけ使ったりしたのだけれど、今はExcelもDropboxで使うことができるようになっている。新たにインストールする必要もない。なんてすばらしいことだ。おかげで予想以上に早く、一晩で申告書の作成が完了した。IT革命バンザイだな。

昭和って

昭和と一口にいっても60年以上あったので、時代の空気感なんかはその時々で違うということはみんな理解しつつも、なんか便利だから近過去のことを昭和と呼んでいる、みたいなのがここ10数年の感じではなかったか。いや、近過去というと平成初期みたいなイメージかな。

というわけで最近読んだ「昭和」がタイトルと帯についた本を紹介したい。

https://www.instagram.com/p/BfSxa79Hue00nLHkUbQFa8qE7oHSs93i5alGJM0/

「昭和」関係で最近読んだ2冊

『夢見る昭和語』

『夢見る昭和語』は三省堂から出た言葉の本で、辞書っぽく見えるタイトルだけど辞書ではない。「少女たちの思い出2000語」というサブタイトルが内容を的確に表していると思う。約2000の見出し語について割り振られた筆者がそれぞれの思い出をつづったものを五十音順に並べた本。1項目あたりの字数は平均すればおそらく200字もないくらいの分量で、いってみればショートショートエッセイ集だ。ところが、これが読み始めるとなかなか時間をとられる。それぞれの項目について自分の場合はどうだったけなあ、と追憶にふける時間が長いからだ。

執筆したのは女性建築技術者の会の人たちで、昭和15年生まれから一番若い人で昭和44年生まれ。僕から見れば父母より下、ちょっと年の離れた先輩くらいの年代の人が多いので、知らないことも出てくるし、話だけは小学校の先生から聞いたことがあるというような事柄もあった。第2次世界大戦による断絶は経験がないので実感としてわからないけれど、昭和50年ぐらい、つまり第1次石油ショックの前後ぐらいで生活体験の断絶はけっこうあるんだよね。だから10歳ぐらい上の人の体験は伝聞でしか知らないこともわりとあるのだ。

たとえば、「おまけ」の項目は「計りの目盛りを見ながらいつも「おまけ」をしていくれるおばさんがいました」となっているけど、我々の年代ではもう量り売りで物を買う場面は少なくなっていたのでこういうのは伝聞の領域。むしろ「おまけ」というとグリコとか仮面ライダースナックの印象の方が強い。

脱脂粉乳」は2人が執筆していて、一人は苦手だったと書き、もう一人は自分だけ大好きで他の人の分までこっそり飲んであげて感謝されたと書いている。このあたりは脱脂粉乳が給食に出てきた最後の世代としてよくわかる。

はしがきに「この本は、持ち歩いたり、みんなで回覧したりしてください」とあって、まさにそういう感じで話の種にするのがいいのだろう。母に送ってみようかな。

獅子文六『コーヒーと恋愛』

獅子文六というと、NHK朝ドラの第1作の原作を書いた人で、僕ぐらいの年代にとっては物心ついた頃にはもうあまり読まれなくなっていた大衆小説作家というイメージ。全盛期は昭和30年代ぐらいか。

そういう人がどういう経緯で再浮上してきたのかは知らないが、2013年に出たちくま文庫版ではサニーデイ・サービス曽我部恵一が解説を書いている。古書店で偶然に発見したこの本を買って大いに共感し、同じタイトルの曲も作ってアルバムに入れたとあるから、この人の力によるところも大きかったのだろう。

登場人物は、新劇出身でテレビの脇役として人気の中年女優モエ子、その若い恋人で舞台装置家の塔之本君、モエ子のコーヒー友達というあまり生活の悩みなどなさそうな人たちで、くっついたり離れたりのドタバタがコーヒーに関するうんちくもからめて軽妙なタッチで語られる。正直なところこれのどこが名作なの、と思ってしまったのは確かなんだけど、登場人物の誰からも悪意が感じられなくて、別れとか仕事の不調といった、重い(場合によっては悲しい)出来事があっても淡々としているところがいいんだろうなあ。

上で書いたような昭和史観からすると、昭和30年代なんてまだ先進国とはいえない段階だったはずだけど、こういう洒脱な小説も書かれていたわけだからそれなりの成熟も見せつつあったのだろう。それは大戦という断絶を乗り越えて受け継がれてきたものがやっと復活しつつあったということかもしれない。

北区赤羽マラソン挑戦の記(ハーフの部)

2018年1月7日、初めてハーフマラソンの大会に挑戦した。その記録。長い上に写真もなくて読む方には申し訳ない。

2013年ぐらいにふと思い立ってジョギングを始めた。始めるに当たっては銀座のアシックスストアに出向いて足のサイズを計測してもらい、意外に大きなジョギングシューズとソックス、ウェアを買って形から入ったのだった。

Facebookで動向を知るようになった中学・高校の同級生たちにはフルマラソンを(僕から見れば)ものすごいタイムで走る連中がすごく多くて、それに触発されたという面もあったのかもしれない。最初はふつうの腕時計をはめて時間を計り、距離は行政が整備した川べりのジョギングコースの距離表示板を頼りにしていたので不正確だったと思う。スマホアプリのRunkeeperを入れて比較的詳細な活動記録がとれるようになり、それをFacebookに流すようにしてから上記の同級生たちからアドバイスをもらうことが増え、距離も時間も伸びてきた。ここらへんで何か大会にでも出てみるかと思って、地理的にそんなに遠くなく、スタート時刻が遅めで、制限時間もハーフが3時間と長めの北区赤羽マラソンを選んだ。

かれこれ5年ぐらい走っているとはいっても、最初は大会に出ることなどまったく視野に入っていなかったので初心者である。大会に出ること自体も初めてだし、20kmを超える距離を一度に走るのも初めて。まずはどんな装備が必要なのか調べることから。でもそれをやったのが年明けだったという泥縄ぶりは反省すべきところだ。

タイツと長袖シャツ

当初、春ぐらいに走るときに着ている半袖ランニングシャツと、長袖で薄手のプルオーバー型シャツ(何と呼ぶのかわからない)に下半身はジャージの下でいいかなと思い一度近所を走ってみた。しかしこれでは上半身が意外に寒く下半身は温度的には問題ないけどかっこ悪い。というわけで家人の助言もあり、アイテム名はこれもよくわからないが体にぴったりしたタイツと長袖シャツを買うことにした。ヴィクトリアに行ったらアンダーアーマー製品20%引きのセールをやっていたので、1組だけ残っていたグレーのMサイズ上下を買った。走るときには上下とも1枚ずつ重ね着をした(七分丈のパンツと半袖の速乾シャツ)。温度的にはぴったりだった。

擦れ予防

足の裏の皮がむけることがあるのでワセリンを塗っておくといいという話を聞いたので、足の裏に塗り、ジョギングで比較的長距離を走るときに玉袋が擦れて痛くなった経験があったので玉袋にも塗っておいた。乳首も擦れて痛いといやなので絆創膏を貼った。ちょっと小さすぎたがいずれも問題なかった。

エストポーチ

エネルギー源の補給と貴重品を入れるために必要なのでヴィクトリアで買ったが、もしかしたらレディースだった? 腹回りに対してぴったりすぎた(つまりストラップが短かった)。その割に、走り出したら上下の揺れが大きくて邪魔になった。これは失敗だった。

帽子、サングラス、手袋など

ランニング用のキャップがあれば防寒用にいいかなと思って物色したけど気に入ったデザインのがなかったので、時々かぶる雪柄のニット帽を持っていった。最初かぶって途中から脱げばいいというつもりだったが、寒い場所もあったので結果的には脱いだりかぶったりになった。 サングラスはふだん使わないので今回も用意しなかった。しかし陽光は意外と目を痛めるという話も聞くので本当は着けて走るべきなのかもしれない。 手袋はふだん使っているナイロンのもの。

コース

新荒川大橋から少し上流にある京浜東北線の陸橋がスタート地点。そこから2kmぐらい上流で折り返し、5km下ってまた折り返すという約10kmのコースを、ハーフの部では2周する(ほかにクオーターの部やリレーなどがある)。この大会は毎月行われているらしく、運営やボランティアの皆さんも手慣れた感じで安心感があった。どうせ大会に出るなら周回コースではないほうが望ましかったが、2周なら御の字である。

スタートまで

レース開始が11時、その10分前にスタート地点に集合というスケジュールだったが、初めての土地なのに最寄りの赤羽岩淵駅に着いたのが10時30分ぐらい。そこから10分ほど歩いて受付到着、荷物置き場にスポーツバッグを置いて上着を脱いでゼッケンをつけて必要なものをウエストポーチに入れ直し……とやっていると時間がギリギリになってあわてた。安全ピンでゼッケンを留めるのにもたつき、左右アンバランスな位置に留めてしまったが、直す時間がなかった(実は落ち着いてやれば直せたと後になって気づいた)。 スタートの合図があってすぐに手元のランニングウォッチも計測を始めたが、考えてみればこれもミスで、後ろからダラダラ走っていく我々はスタート板を通過した時点でボタンを押せばよかったのだった。よくグロスとネットという言葉を聞いていたが、結果的にグロスとネットの記録がほぼ同じになってしまった。

レース中

1kmあたり6分を少し上回るぐらいのペースで進むと、最初の折り返し地点を過ぎたぐらいでもう周囲のランナーはまばらになってくる。あまり周りに気を使わなくてすんだのはよかった。一人すごく煙草臭い男性がいて、これで走るのかと驚いた。なるべく距離を置くようにしながら追い抜いたのでちょっとオーバーペースになったかもしれない。その辺りで前を走っていたポニーテールの若い(かどうかはわからないが)女性を目標にしばらく走ったけど振り切られた。

川沿いのコースなので風が強く冷たい地帯も多く、数は少ないが坂もある。一度ペースを落としたらなかなか後で挽回するのは難しいと思った。実際、ラップを確認したら8km過ぎからペースが落ち、1kmあたり6分30秒以上かかるようになって結局そこから回復していない。ちょうど一番長い上り坂のところからだ。

といってもそれほど苦しさは感じなかった。荒川の川べりを走るコースは開放感があり、晴天に恵まれたこともあって気持ちよく走れた。川風は冷たかったけど。14,15km辺りでは「意外と走れるもんだな」と思った。しかし18kmのところで上述の一番長い上り坂の2回目があり、覚悟はしていたもののそこから最後までがきつかった。がんばって脚を運ぼうとしてもなかなか前に進まない感じだった。

給水所は4回利用した。水とスポーツドリンクが用意されていて、ずっと水を取ったが最後の給水所では間違えてスポーツドリンクを取ってしまった。ウエストポーチに入れていたウィダーinゼリーは結局口にしなかった。

公式記録は2時間15分37秒。ふだんのジョギングのペースから、2時間30分は切れると思っていて、2時間20分ぐらいかと思っていたのでほぼ目標通りということになる。

レース後

ゴールインしたら係の人に計測チップを渡すことになっている。自分ではうまく外せなくて係の人にちぎってもらった。ゼッケン自体を外そうとして寒さのせいか指が動かず、安全ピンが外せなかったからなのだが、くっつけてあるチップをちぎって渡せばいいのだった。

そして荷物置き場に行って上着を取り出して羽織り、よろよろと歩いて近くの銭湯に向かおうとしていたら若い男女の集団に呼び止められてスマホでの写真撮影を頼まれた。震える手でシャッターを押したがあれはうまく撮れていたのだろうか。そのときに彼らがみんな記録証を手にしているのに気づき、スタッフに記録証の発行の仕方を教えてもらって(機械があるテントに行ってゼッケン番号を告げるだけでよい)なんとか入手した。あやうくもらい損ねるところだった。へろへろのおじさんに声をかけて写真撮影を頼んでくれた彼らに感謝しなければならない。

とぼとぼ歩いてお玉湯という銭湯に向かい、入浴料460円とタオル・シャンプー・ボディソープのセット代100円を払って入浴。この大会がある日はいつもより早くから営業してくれるのだ。混んでいて少し待った。この時に初めてウィダーinゼリーを流し込んだ。 入浴後はせんべろの街として知られる赤羽で豪遊するつもりだったが、JR赤羽駅まで歩く気力が残っておらず、赤羽岩淵駅に戻った(これならもう1軒の銭湯、岩の湯のほうが近かったことは後にわかる)。そして昼食がとれそうな店が見当たらず、南北線に30分ぐらい乗って四谷まで戻り、vivo daily stand というワインバーでビールにキッシュなどをつまんで一人で祝杯をあげた。

いかにして飽きを克服するか

少し前のことになるが、昨年に引き続き今年も母校の修学旅行のプログラムの一つ、会社見学に勤め先が光栄にも選ばれ、高校生たちを相手に少し話をする機会に恵まれた。

今年はコーパスの話なんかをして、学習法に触れる時間はあまり取れなかったのだが、事前に生徒の皆さんから頂いた質問を見ると、「仕事でつらいことは何ですか」というのが複数あって、現代っ子気質が現れているように思った。

自分の今の仕事に限らず、つらいことというと“飽き”だろう。「あーこれはもうやった。この仕事で期待されているクオリティはこの程度だからこんなものでいいだろう」と思ったらもう質の高い仕事は無理だし、それに費やす時間も無駄でしかない。そうなるのは人間としてつらいことだと思う。僕の場合はそのフェーズに入ってからずいぶん経つ。それを克服するには仕事を変えるのが一番簡単だと思うが、そうそう簡単にはいかない事情もある。

辞書の場合、一般的な単行本とは違って校正も四校、五校とか取るのはそんなに珍しいことではない。そうすると同じものを何度も何度も見ることになるわけだ。もちろん、校正のそれぞれの段階で見るポイントあるいはテーマが違っていて、同じ視点で見ているわけではないので、厳密に同じものとは言えないが、それでもまあ大筋は同じなのでどうしても慣れとか飽きとかいったものが忍び寄ってくる。それに英和のSとか和英の「し」なんかは、なかなか終わりまで行き着かないつらさもある。最後のZが非常に重たい中日辞典と比べるとまだ楽だが。

今のところ解決策としては、作業をなるべく細分化して小刻みに休憩を取ったり、違う作業を交互に入れたりして気分転換を図るぐらいしかやってないのだが、追い込みの時期になるとそうも言ってはいられないし、どうしたもんかな。あとは体力をつけるためにジョギングと水泳には励んでいる。

というわけで、カズオ・イシグロノーベル文学賞を受賞したのをきっかけに、未読だった『日の名残り』を読んでみることにした。執事という仕事なんて毎日同じことの繰り返しだから、その克服の仕方も書かれているに違いないと思ったのだ。

……ところが、読んでみるとハイレベルな執事の仕事は全然そんなものではないのだった。国際政治の裏の舞台に立ち会うのだから毎日同じことの繰り返しでは全然ない。お見それしました。というわけなのだが、事前の予想は別にしてぐいぐい読める本だった。

今回はhontoでEPUB版を買ってiPhoneで読んだんだけど、やけに字が大きくて面食らった。

f:id:zokkon:20171206232248p:plain

電子書籍が出るようになってまだそんなに時間が経っていない頃の作品なので、フォーマットもこなれていなかったのかもしれない。その後に出た『忘れられた巨人』などはそんなに読みづらくない。いろいろ課題はあると思うが、新しい本を買っても荷物が増えないことはいいことだ。