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辞書作りの舞台裏(1)

今の勤め先で、ときどき修学旅行などで会社見学に中学生・高校生が見えて、仕事の内容を説明することがある。そのときに使ったレジュメに加筆してまとめておきたいと思う。

この会社に入って5年近くになります。その間、ずっと辞書の編集を主な業務にしてきました。というわけで、辞書作りの現場について少しお話しさせていただきたいと思います。

辞書と一般の書籍の違い

まず最初に、辞書と一般の書籍の違いについて、いくつか指摘しておきます。モノというか商品の性質の違いが、仕事の組み立て方の違いにかかわってきますので。辞書と一口に言ってもいろんな辞書がありますし、一般の書籍もいろんな種類がありますが、ここでは代表的な存在として辞書は『ウィズダム英和辞典』(第2版)を例にとることにします。高校生向けの学習英和辞典ですね。その中でも上級向けといわれる部類に入ります。一般書籍のほうはもっと種類も多いし、どれかで代表することは事実上不可能なのですが、高校の先輩が翻訳にかかわっているのでその紹介も兼ねて『波乱の時代』を取り上げることにします。『波乱の時代』というのは、アメリカの連邦準備制度理事会の先代の議長だったアラン・グリーンスパンの自伝で、以前は今の不況に突入するまでアメリカの好景気を作り出した人みたいな扱いを受けていました。今ではバブルを放置した悪者みたいな言い方をされることもありますが、この自伝が出た頃は、まだ悪くいう人はそんなにたくさんいませんでした。この辺は余談ですが。

ウィズダム英和辞典
井上 永幸
4385105693

波乱の時代(上)
山岡 洋一/高遠 裕子
4532352851

波乱の時代(下)
山岡 洋一/高遠 裕子
453235286X

一つ目は、分量です。『波乱の時代』は上下2巻で、本文がどちらも380ページぐらいです。『ウィズダム英和辞典』(第2版)は、1巻本ですが2144ページあります。今の辞書出版社各社が出している上級学習英和辞典はだいたいこれくらいか、それより多いくらいのページ数です。限られた専門分野を扱う辞書でなければ、ページ数はどうしても多くなりますね。これがまず一つの特徴です。
ページ数はこんなに多いんですが、実際の本の厚さは一般書籍と比べてそんなに厚くないですね。これは皆さんすでにおわかりだと思いますが、非常に薄い紙を使っているからです。これほど薄い紙を印刷用に作るということ自体も大変ですし、薄い紙にきれいに印刷するにも特殊な技術が必要になります。三省堂の辞書は、そういう技術を持っている子会社の三省堂印刷で印刷しています。
さて、これぐらいページ数が多いと、関係者の数も非常に多くなります。「まえがき」の次のページに関係者の一覧が載っていますけれど、編者、編集委員、その他の執筆者は大学や高校の先生が多いのですが、それだけでも20人ぐらいいますね。このほかに、ネイティヴスピーカーに英文が正しいかどうかチェックしてもらったり、誤字脱字などがないかチェックする、いわゆる校正といわれる作業を担当する人たちもいます。ほかにはイラストレーターや、本のデザインを担当する人もいます。そのほかに、ここには名前が出ませんが印刷や製本に携わる人たちもいます。校正などのチェック作業やデザイン・印刷・製本にかかわる工程は一般書籍でももちろん発生しますが、かかわる人数の違いも大きいのです。

さて、二つ目は改訂についてです。先ほどから何気なく『ウィズダム英和辞典』(第2版)と言っていますが、第2版があるということは第1版つまり初版があって、それを改訂したものなのですね。こういうことは一般書籍ではあまりありません。大学の教科書なんかは、たとえば『憲法 第二版』なんてのは普通に出ますが、ほかではあまり見かけません。
そもそも何のために辞書を改訂をするかというと、一つには、新しい言葉が生まれてくると、それについての項目を新たに立てて、説明をつけないといけない、ということがあります。辞書というのは、知らない言葉とか理解があやふやな言葉の意味や使い方を示した書物ですから、これは大事なことです。ただ、改訂は新しい語を追うのが第一かというと、そういうわけではないんですね。むしろ、すでに存在する語の使い方に関して新しい発見があったりして、そういった発見を盛り込んでいくことのほうが、分量としては大きな比重を占めます。それと、学習辞典の場合には、すでに知られている事実であっても、レイアウトなんかを工夫して見せ方を変えることによって学習効果を高める、というのも改訂の大きなポイントになります。『ウィズダム英和辞典』でも、初版になかった「作文のポイント」などの囲み記事を新しく付け加えたりしていますが、ここに書かれている内容がすべて第2版で新しく加わったというわけではなくて、内容的には初版からすでにあったけれども、囲み記事の形にすることによって注意を喚起する役割を果たすことになった事柄というのもかなりあるわけです。学習英和辞典というのは非常に競争が激しい分野で、特に読者の使い勝手を向上させる、いわゆるユーザーフレンドリーなものにするための工夫というのは、各社本当にいろいろと知恵を絞っています。
したがって、改訂された辞書というのは、その前の版と比べると、内容面でも使い勝手の面でも格段に進歩しているはずなんですね。ですから、たまに「親からもらった辞書を使っています」という高校生の方がいますけど、それだと学習効率がよくないはずです。営業的な立場から言っているわけじゃなくて、元受験生として言いますけど、辞書はぜひ新しいものを使ってほしいと思います。

辞書と一般書籍の違いとして、三つ目、これが最後になりますが、辞書はいろんな約束事に基づいて書かれていて、その数が多いということがあります。一般書籍の場合は、普通は頭から順番に読んでいけばいいわけですが、辞書は普通そんなことしませんよね。たまに「Aから順番に読んでいって、今Kまで来ました」なんて電話してくる方もいらっしゃいますが(笑)。英和辞典では語がアルファベット順に並んでいますから、それを頼りに意味や使い方を知りたい語を探し当てて、その項目だけを読めばいいのですが、その並び方も厳密にいうと辞書ごとに独自のルールがあります。さらに、項目の中での書き方も、省略された記号なんかがいろいろと使われていますから、書いてあることを完全に理解するには、その辞書のルールに慣れておかないといけません。この点には注意が必要なところです。できれば、一つの辞書を例にとって授業で取り上げていただきたいぐらいですが、学校ではなかなかそんな時間も取れないでしょうね。こういうルールは、辞書の前のほうの「凡例」とか「この辞典の使い方」というページに載っていますから、項目を引くときに照らし合わせてみるといいと思います。
(この段落は加筆予定)