ポップミュージックで学ぶ現代史(id:zokkon:20050719)といえば、最近話題の山下達郎 "Dancer" もなかなかデリケートなテーマを背景として持っている。
話題になっているといってもごく局所的なものだが、DefJam UK に所属するヒップホップアーティスト Nicole Wray がこれを元ネタとして作った楽曲があるのだ。Nicole Wray ft. Beanie Sigel 名義の "Can't Get Out Of The Game" という曲で、http://www.soundtable.co.jp/music/111000344_a1.mp3 で一部が試聴できる。元ネタをかなりストレートに使っている。
これは達郎2枚目のアルバム "Spacy" に入っている曲で、A面後半の Candy とこの Dancer はほんとにかっこよくて、つい何度もリピートして聴いてしまう。村上ポンタ秀一、細野晴臣、松木恒秀、大村憲司ほか。リマスター盤の自筆ライナーノートによると、北朝鮮へ帰っていった高校の先輩のことを思い浮かべて作ったものだという。詳しい説明はもちろんないので、まったくの想像だが、帰還事業で帰ったのだろう。年齢から考えれば、自分の判断で帰ったのだろうから、相当の覚悟があったはずだ。「だれもが地上の楽園だと信じて海を渡った」なんて書いてある文章を見かけることがあるが、本当だろうか。達郎のこの詞からはとてもそうは思えない。帰還事業は1959年から1984年まで続いたようだが、その後半は拉致事件が続いた時期と一致している。このへんの事情は新潟日報の「疑惑の万景峰号」特集あたりを参照すればいいだろうか。政治とかかわりなく事実関係だけをつかむのが難しい。
帰還事業とはまったく文脈が異なるが、半島へ帰るということで中野重治の「雨の降る品川駅」という詩を連想する。朝鮮へ帰っていく革命の同志を見送るという詩なのだが、海野弘は『モダン都市東京 日本の1920年代』ISBN:4122015065『中野重治詩集』で、当時の情勢から考えて、実際には中野は見送りに行けなかっただろうと推測し、この詩の中に現れた都市の異邦人としての朝鮮人との距離感を鮮やかに捉え直している。
"Dancer" は、この時期にしては珍しく、吉田美奈子ではなく達郎自身が詞を書いている。「僕らはみんな逆立ちのダンサー」「窓の外は闇」といった隠喩で何を表そうとしたのかは正直言ってよくわからないが、やはりどうしようもない距離感を読み取ったとしてもそんなに的外れとは言えないのではないか。
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