先日、矢沢永吉の50周年コンサートにB'zの2人がサプライズゲストとして登場したというニュースがありました。テレビやスポーツ新聞でも取り上げられたようで、矢沢ファンのコア層である高年齢男性にはびんびん(死語)響く話題だったのですね。
何を隠そう、僕も矢沢と共演したことがあります。共演と呼ぶのはおこがましいというか話を盛ってますが、少なくとも同じステージに立って音を出したことがあります。
1988年12月の東京ドーム。
その年の秋に、在京の大学ビッグバンドサークルのマネージャーたちが都内の会議室に呼び出され、「矢沢が大人数のホーンセクションをバックに1曲歌いたいと言っている。ついては学生のみなさんから200人募りたい」と告げられました。おそらく、夏のコンテストに出場しているようなバンドなら演奏水準もそれなりに高いだろうと踏んで、今ほど個人情報の管理も厳格ではなかった時代、連絡先を簡単に入手して声をかけたのでしょう。
その後、どうやってその200人を確定したのか記憶にありませんが、サークルのメンバー数人と一緒に参加することが決まりました。参加者には演奏する「キャンディ」の楽譜とデモテープが配付され、各自練習に励みました。というほど難しい譜面ではなかったのですが。シャッフルビートの豪快な曲調。デモテープはリハーサルの模様を収録したもので、矢沢が「この3、3、3でこうしよう」みたいに指示する声が入っていて、ちょっと感動しましたね。ただ、「3、3、3ってどこだろう…」という戸惑いはありました。サークル内でも話題になりましたが、何を指していたのか結局わからず。後に、坂本龍一が編曲を担当したときに矢沢の感覚的な指示が理解できず苦労したという話を読んで、この3、3、3を思い出して納得したものです。
東京ドームではリハーサルに我々学生組も「キャンディ」だけ参加してからいったん解散、本番ではアンコールで200人が入場して迫力ある音をぶちかます、という段取りでした。公式サイトでセットリストが公開されています。
その200人、実は演奏能力もピンキリで、リハーサルのときから「まずいんじゃね…」という空気は漂っていました。音が揃わない上に大きすぎた。
そして本番。自分なりに精一杯演奏しましたが、全体としてはハチャメチャだったと思います。心の中で「永ちゃん、ごめん…」と言いながらステージを去りました。しかし、ファンの皆さんがすごく盛り上がって我々にも手を振ってくれたのが救いでした。
この日のコンサートはNHKの衛星放送で生中継され、「キャンディ」も出来がよければ大晦日の地上波の編集版でも放送されるとのことでした。少し期待して見ましたが、地上波ではやっぱりカット。その後も矢沢が大人数のホーンセクションをバックに歌ったという話は聞かないので、おそらく思い描いていたのとは違う結果になることが認識されたのでしょう。大人数をそろえるなら弦楽器で、管楽器はPAを使って20人ぐらいがいいところじゃないでしょうか。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、矢沢といえば米国進出というイメージがあります。1970年代末期、日本での人気が絶頂に達し、次なる目標をアメリカに定めて単身乗り込んだというしびれる挑戦のストーリー。
その挑戦は、レコード会社の満足なバックアップを得られず、売り上げ的には失敗だったとされます。しかし、西海岸の一流ロックミュージシャンたちとの人的つながりも生まれ、80年代のAORテイスト香るかっこいい作品群を生むという成果もありました。
あれから40年。海外でも日本の80年代シティポップが受けている今なら、矢沢の米国進出という悲願が実現する可能性もあるのではないか。と思って、全曲がサブスク解禁になったのを機に、聴き直してみました。
うーん、どうかなあ……。山下達郎、竹内まりやとか、角松敏生が関与した杏里の作品なんかとはだいぶ毛色が違いますね。楽音に対して言葉の音数が少ない傾向があり、音を伸ばす歌い回しが多くて、こぶしを回したりもするので演歌っぽく感じられます。海外で受けるかなあ……。エキゾチックではあるか。
リズム面でも、ロック系のシャッフルのハネを持つ曲はけっこうありますが、ファンクというか16ビートのハネを持つ曲は思いつかない。この点でシティポップの主流とはかなり違いますね。コード進行もエポや林哲司みたいにおしゃれな響きが華麗に流れるわけではないし。だからといって海外で受けないとも限らないわけですが、少なくともシティポップの範疇でとらえるのは難しい気がします。
ただ、シティポップという枠を外せば、たとえば「時間よ止まれ」なんかはおしゃれだなーと思います。かせきさいだぁはこの曲をシティポップと解釈していますね。あと、The Borderというベストアルバムのタイトル曲が昔から好きでよく聴きますが、この曲もおしゃれです。全曲サブスク解禁になったらこのアルバムがサービスのラインナップから消えてしまってがっかりしましたが、この曲は「アルバム未収録集」に入っています。
というわけで、ワイルドなロックンローラーというパブリックイメージを離れて矢沢永吉の歌を聴く人が増えればいいなと思っています。国内外でね。新鮮な驚きがあるでしょう。